この記事のポイント
- 「普通にして」と言われても何が普通かわからないのは、理解力の問題ではない
- 「普通」の正体は言語化されていない暗黙知であり、ASD傾向の脳は暗黙知の自動取得が苦手
- 「なんとなく察する」を目指すより、暗黙知を言語化して自分用のルールにする方が建設的
- ルール化・パターン化はASD傾向の人がもともと得意な補償戦略である
- 一人で言語化が難しい場合は、カウンセリングで専門家と一緒に整理する方法もある
もーやん「普通にして」って言われたんだけど、何が普通じゃなかったのかわからない。聞いても「いや、普通だよ普通」って返されて終わり。



あるある。「普通」って言葉、使ってる側は説明の必要がないと思ってるんだよね。でも聞いてる側からすると、何を指してるのか全然わからない。



自分はちゃんとやってるつもりなのに「そういうとこだよ」って言われる。何が「そういうとこ」なのかも教えてもらえない。



その「ちゃんとやってるのにズレてると言われる」感覚って、実はメカニズムの話として整理できるんだよね。今日はそこを掘ってみようと思う。
この記事では、「普通がわからない」という悩みの正体を構造的に整理します。なぜ「普通」は自動的にはわからないのか。なぜ「空気を読め」と言われても読めないのか。そのメカニズムを知ったうえで、暗黙知を自分用のルールに変換する具体的な方法を紹介します。
この記事が向いている人・向いていない人
この記事がどういう方に向いているかを先に整理しておきます。
「向いていない人」に当てはまる場合は、リンク先の記事を先に読むとスムーズです。
「普通にして」と言われた日のこと|暗黙のルールがわからない大人の体験
まず、筆者自身が「普通にして」で困った体験を紹介します。「自分だけじゃないんだ」と思える部分があれば幸いです。
飲み会の席順がわからなかった
転職して最初の部署の歓迎会での出来事を紹介します。
チームの歓迎会で、空いてる席に座った。隣の先輩が「え、そこ座る?」って顔をした。何がまずかったのかわからなくて、そのまま座ってた。
翌日、同期に言われた。「あの席、部長の隣だったでしょ。新人は奥じゃなくて手前に座るんだよ」。
手前と奥に違いがあるのは知ってた。でもあの配置でどっちが手前なのか判断がつかなかった。入口から遠い方が上座なのか、窓側が上座なのか。個室じゃなくてオープンスペースの席だったし。
前の会社ではそういうルールがなかった。というか、あったのかもしれないけど、気づいてなかっただけかもしれない。
この場面で起きていたのは「席順のルールを知らなかった」のではなく、「上座下座の概念は知っていたけど、目の前の配置にどう当てはめるかがわからなかった」ということです。ルールの存在と、ルールの適用は別の話です。
メールの「普通」がわからなかった
上司から「もうちょっと普通に書いて」と言われた場面です。
クライアントへのメール、上司に「もうちょっと普通に書いて」と言われた。何が普通じゃないのか聞いたら、「取り急ぎお礼まで、が抜けてる」「文末が唐突」とのことだった。
要件は全部書いた。抜けはないはず。でも「取り急ぎ」って、急いでないのに書くのか。上司は「形式だから」と言ったけど、急いでないのに急いでますって書くのがなぜ「普通」なのかは、正直まだわかってない。
とりあえずメールのテンプレートを作った。冒頭と末尾は固定。中身だけ変える。それ以降は何も言われなくなった。
この場面で面白いのは、「テンプレートを作る」という対処法が自然に出てきていることです。暗黙知がわからないなら、形式知に変換して使えばいい。これは後で紹介する「補償」のアプローチそのものです。
「ちょうどいい距離感」の基準がわからなかった
同僚との距離感で指摘された場面です。
同僚に「もうちょっと距離感考えて」と言われた。週末何してたか聞いたら急に黙られて、後から別の人に「あの子プライベート聞かれるの苦手だよ」と教えてもらった。
でもその同僚、別の人には自分から週末の話をしてた。つまり「聞いていい人」と「聞いちゃダメな人」がいるってことなんだけど、その基準がわからない。
結局、自分からはプライベートの話を振らないことにした。聞かれたら答える。それでも問題ないことがわかったので、とりあえずそれでやってる。
3つのエピソードに共通しているのは、「ルール自体は理解できるのに、どの場面でどのルールを使えばいいかが自動的にはわからない」ということです。次のセクションで、なぜそうなるのかを研究の知見から整理します。



3つとも覚えがありすぎる。特にメールの話。なんで急いでないのに「取り急ぎ」って書くのか、自分もいまだに納得してない。



そうなんだよね。「なぜこれが普通なのか」を理屈で理解しようとしても答えが出ない。なぜなら「普通」は理屈で成り立ってるんじゃなくて、みんなが「なんとなく」共有してるものだから。次はそこを掘り下げてみる。
なぜ「普通」がわからないのか|暗黙知と発達障害の脳の関係
「普通がわからない」のは理解力や努力の問題ではなく、脳が暗黙知を自動取得するプロセスの違いによるものです。ここでは研究の知見を4つ紹介しながら、メカニズムを整理します。
「普通」の正体は暗黙知である
まず、「普通」とは何かを定義します。
「暗黙知」と「形式知」の概念を使うと、整理がしやすくなります。暗黙知はもともと哲学者のマイケル・ポランニーが提唱した概念で、経営学者の野中郁次郎と竹内弘高がこれを発展させ、組織における知識変換のモデル(SECIモデル)として体系化しました。
- 暗黙知(たとえば「普通」)
言語化されていない、経験的に共有されている知識。「なんとなくみんな知ってること」 - 形式知(たとえば「マニュアル」)
言語化されたルール、手順書、教科書に書いてあること
「普通にして」と言われたとき、相手の頭の中にあるのは暗黙知です。言語化されていないので、「何が普通なのか」を聞いても「普通は普通だよ」としか返ってこないのです。暗黙知は共同体験(一緒に過ごす時間の中でなんとなく吸収するもの)か、意図的な言語化によってしか共有できないとされています。
つまり、「普通」は教科書に書いてあるような知識ではなく、周囲の人と長い時間を過ごす中で「なんとなく」身についていくもの。この「なんとなく」が自動的に身につくかどうかに、脳のタイプによる違いがあります。
ASD傾向の脳は「自動的に察する」が苦手
ASD傾向の人が暗黙知を自動取得しにくい理由のひとつに、「自発的な心の理論」の違いがあります。心理学では、他者の考えや意図を推測する能力を「心の理論」と呼びますが、その中でも「意識しなくても自動的に働く部分」に違いがあるとされています。
研究によると、ASD傾向の人は「意図的に推測する能力」は持っているとされています。つまり、「この人は今どう思っているか?」と聞かれれば考えて答えられる。しかし、日常のやり取りの中で自動的・無意識的に相手の意図を読み取るプロセスが働きにくいという特徴があります。
これを「普通がわからない」問題に当てはめると、こうなります。
- 定型発達の多数派
飲み会の席順、メールの定型文、距離感のルールを、周囲の人の振る舞いから「なんとなく」自動的に吸収する - ASD傾向がある場合
同じ場面にいても、暗黙のルールが「自動的には入ってこない」。意識して学ぼうとすれば学べるが、そのためにはルールが言語化されている必要がある
ここで大事なのは、能力の有無ではなく、自動処理と意識的処理の違いだということです。「わからない」のではなく、「自動では拾えない」。教えてもらえばわかるし、パターンを覚えれば使える。でもみんなが「なんとなく」でやっていることに対して、毎回「意識して処理する」必要がある。そのコストの差が、「普通がわからない」の正体です。
暗黙のルールの「明示的学習」は有効である
「じゃあ教えてもらえばいいの?」というと、実はその通りです。
ASDにおける暗黙の社会的規範の学習の困難さについて研究されていますが、社会的ルールを明示的に教示するアプローチは有効であるとされています。つまり、「なんとなく察する」ことが苦手でも、「こういう場面ではこうする」と明示的に教えられれば、それを学んで使うことができるということです。
問題は、社会の側が暗黙のルールをわざわざ言語化してくれることはほぼないという点です。「普通にして」と言う人は、自分が何を期待しているかを言語化する必要性を感じていません。だから自分でルールを発見して、自分で言語化する作業が必要になります。
「ルール化して覚える」はすでにやっている工夫
ASD傾向の人が社会的場面で「補償」と呼ばれる工夫を行っていることを示す研究があります。自動的にはキャッチできない暗黙知を、意識的に学んで補うプロセスです。研究では「compensation(補償)」と呼ばれています。
先ほどのエピソードを振り返ると、実はこの補償戦略をすでにやっていることがわかります。
- メールのテンプレートを作った
暗黙のルール(文末の定型句)を形式知(テンプレート)に変換した - 「自分からはプライベートを聞かない」ルールを作った
暗黙の距離感ルールを「聞かない」という明確なルールに変換した
「普通がわからない」ことへの対処として「ルール化して覚える」のは、実はASD傾向の人が自然にやっている補償のアプローチであり、研究でも有効性が確認されています。「みんなと同じように察する」を目指すより、「自分のやり方でルールを覚える」方が建設的なのです。
「普通」を攻略する方法|暗黙知を自分用のルールに変換する
「普通」を「なんとなく察する」のではなく、言語化して自分用のルールブックにするのが最も実用的なアプローチです。ここでは具体的な方法を4つ紹介します。
方法1:「指摘された場面」を記録する
「普通にして」「そういうとこだよ」と言われた場面を記録していくと、自分がどんな暗黙のルールを見落としやすいかのパターンが見えてきます。
記録する項目は3つだけです。
- 何をしたか(事実)
「歓迎会で空いている席に座った」「メールを要件だけ書いて送った」 - 何を言われたか(反応)
「え、そこ座る?って顔された」「もうちょっと普通に書いてと言われた」 - 後からわかったルール
「新人は手前に座る」「メール末尾に定型句を入れる」
スマホのメモでもノートアプリでも何でも構いません。大事なのは「後からわかったルール」の欄を埋めること。自分一人ではわからなくても、信頼できる同僚や友人に「あの時何がまずかったの?」と聞くと、意外と教えてもらえます。
方法2:「テンプレート化」で判断コストを減らす
メールのエピソードでやったように、暗黙のルールを「テンプレート」にしてしまう方法です。毎回「普通は何か」を考えなくて済むようになります。
テンプレート化が特に有効な場面があります。
- ビジネスメール
冒頭(お世話になっております)・末尾(よろしくお願いいたします)・お礼(取り急ぎお礼まで)を定型文として保存 - 雑談の返し
「週末何してた?」→「家でゆっくりしてました」。聞かれたら短く答えて、相手に同じ質問を返す - 飲み会や会食
「一番最初に着いたら奥に座る。後から来た人に席を選ばせる」。迷ったら「どこに座ればいいですか?」と聞く
テンプレート化のコツは「正解を覚える」のではなく「安全な選択肢を持っておく」ことです。飲み会の席順の正解がわからなくても、「どこに座ればいいですか?」と聞けば問題にはなりません。
方法3:「観察ノート」で暗黙知を可視化する
周囲の人が自然にやっていることを意識的に観察して、パターンを抽出する方法です。
やり方はシンプルです。たとえば会議の場面なら、自分が話すのではなく「周りの人がどう振る舞っているか」を観察します。
| 観察ポイント | 具体例 |
|---|---|
| 発言のタイミング | 誰かが話し終わった後、1〜2秒の間がある。その間に手を挙げるか「ちょっといいですか」と言う |
| 反対意見の伝え方 | 「なるほど、ただ〜という点もあるかなと」。いきなり「それは違う」とは言わない |
| 会議の終わらせ方 | 主催者が「じゃあこの方向で」と言ったら議論は終了。追加の意見があっても、その場では言わない |
観察のコツは「なぜそうするのか」を考えすぎないこと。理由がわからなくても「こういう場面ではこうする」というパターンとして記録すれば十分です。理由の理解は後からついてきます。
方法4:信頼できる「翻訳者」を持つ
暗黙知を一人で全部言語化するのは大変です。「あの場面は何がまずかったの?」をストレートに聞ける相手がいると、効率が段違いに上がります。
理想的な「翻訳者」はこんな人です。
- 「普通こうだよ」で終わらせない人
「あの場面では○○だから、△△するのが無難」と具体的に説明してくれる - 聞いても嫌な顔をしない人
「そんなことも知らないの」ではなく「確かにわかりにくいよね」と言ってくれる - 自分の「ズレ」に気づいている人
こちらの言動にフィードバックをくれたことがある人。こちらを見てくれている証拠
身近にそういう人がいない場合や、プライベートな場面の暗黙知を整理したい場合は、カウンセリングで専門家と一緒にやるという方法もあります。カウンセラーは「あなたの場面で何が起きていたか」を一緒に言語化してくれます。オンラインカウンセリング3社比較



テンプレート化って、なんかズルしてる感じがするんだけど。



わかる。でも研究的にも「明示的な学習で暗黙知を補う」のはASD傾向の人にとって有効な方法だってわかってるんだよね。メガネをかけるのがズルじゃないのと同じで、自分の脳に合ったやり方を使ってるだけ。
「普通」を攻略するときに気をつけたいこと
暗黙知の攻略を進める際に、陥りやすい落とし穴が3つあります。先に知っておくと回避しやすくなります。
「完璧に普通になる」を目指さない
暗黙知をルール化していくと、「全部のルールを覚えなきゃ」と思ってしまうことがあります。でも暗黙知は無限にあるので、全部覚えるのは無理です。
目指すのは「致命的なズレを避ける」レベルで十分です。席順を間違えても、実は大した問題にはなりません。メールの定型句が抜けても仕事の質には影響しません。「これを外すと本当に困るもの」だけを優先してルール化していくのが現実的です。
また、ルール化した振る舞いを常に意識して使い続けること自体が疲労の原因になることがあります。研究ではこれを「カモフラージュ」と呼び、長期的なストレスや疲弊につながる可能性が指摘されています。「今日はもう無理」と感じたらルールを手放す日があっても構いません。
「なぜ普通なのか」に答えを求めすぎない
「取り急ぎ」がなぜ普通なのか。急いでないのに急いでると書くのはなぜなのか。この「なぜ」には答えがないことが多いです。暗黙知は合理的な理由で成り立っているとは限りません。「そういうものだから」が答えであることも多い。
「なぜ」にこだわりすぎると前に進めなくなります。「理由はわからないけど、こうしておくと問題にならない」でOKです。
周りの「普通」が間違っていることもある
「普通にして」と言ってくる側が常に正しいわけではありません。理不尽なルールを「普通」として押しつけてくる人も存在します。
- その「普通」はその職場だけのルールかもしれない
前の職場では問題にならなかったなら、普遍的なルールではない可能性がある - 相手の「普通」が不当な要求のこともある
「普通、上司より先に帰らないでしょ」のようなものは、暗黙のルールではなくパワハラの可能性がある
「自分がズレている」と「相手の要求がおかしい」の見分けがつきにくいのもグレーゾーンの人に多い困りごとです。迷ったときは、信頼できる第三者に「これって普通なの?」と聞いてみてください。
よくある質問(FAQ)
Q. 「普通がわからない」のは発達障害の症状ですか?
「普通がわからない」こと自体は発達障害の診断基準には含まれていません。ただ、ASD傾向のある人に多い「暗黙の社会的規範の学習の困難さ」がその背景にあることがあります。気になる場合は、まず自分の特性を整理するところから始めてみてください。「自分は発達障害かも」と思ったら最初にやること
Q. 暗黙のルールがわからないのは治りますか?
「治る」「治らない」というよりも、「自動的に察する」のが苦手な分を「意識的に学ぶ」ことで補うことは可能です。研究でも、明示的な教示によるアプローチの有効性が報告されています。完全に「自動」になることは難しいかもしれませんが、ルール化して対応パターンを増やしていくことで、困る場面は着実に減っていきます。
Q. 職場で「普通にして」と言われたとき、どう返せばいいですか?
「すみません、具体的にどこを直せばいいか教えていただけますか?」が最も実用的な返しです。相手が具体的に説明できれば、それをルールとして記録できます。説明できない場合は、相手自身も言語化できていない暗黙知の話なので、信頼できる別の人に聞くのが近道です。
Q. テンプレート化すると「自分らしさ」がなくなりませんか?
メールの定型句や雑談の返しをテンプレート化しても、その人の考え方や仕事の中身が変わるわけではありません。テンプレートは「伝え方のフォーマット」であって、「自分そのもの」ではありません。むしろ、形式的な部分にエネルギーを使わなくて済むようになる分、本来の自分らしさを発揮しやすくなるという面もあります。
Q. 一人で暗黙知の言語化をやるのが難しいのですが。
一人で難しい場合は、カウンセリングで専門家と一緒に取り組む方法があります。カウンセラーは「その場面で何が起きていたか」を一緒に言語化してくれますし、あなたのパターンを客観的に見て「こういう場面で見落としが起きやすい」というフィードバックをくれます。オンラインカウンセリング3社比較
まとめ



「普通がわからない」のは自分がダメだからじゃなくて、「普通」がそもそも言語化されてない暗黙知だから、ってことか。



そう。で、暗黙知を自動的にキャッチするのが苦手なら、手動でキャッチする仕組みを作ればいい。それがテンプレート化とか観察ノートとか、信頼できる翻訳者を持つってこと。



メガネの例えがしっくりきた。目が悪いのは努力不足じゃないし、メガネかけるのはズルじゃない。



うん。自分の脳に合ったやり方を使ってるだけ。「普通を完璧に覚える」じゃなくて、「致命的なズレだけ避ける」くらいで十分だと思う。



まずはメモ取るところから始めてみようかな。



それで十分。気が向いたときだけでいいし、完璧にやる必要もない。職場の暗黙のルールの具体例と攻略法はこちらも参考になるよ。暗黙のルールがわからない — 大人のASD傾向あるある
参考文献
- Senju, A. (2012) “Spontaneous Theory of Mind and Its Absence in Autism Spectrum Conditions” — PubMed
- Livingston, L. A., & Happé, F. (2017) “Conceptualising compensation in neurodevelopmental disorders: Reflections from autism spectrum disorder” — PubMed
- 野中郁次郎・竹内弘高 (1996)「知識創造企業」東洋経済新報社
- Frith, U. (2004) “Emanuel Miller lecture: Confusions and controversies about Asperger syndrome” — PubMed
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本記事は医療上のアドバイスを提供するものではありません。具体的な診断や治療については医療機関にご相談ください。





