この記事のポイント
- マルチタスクができないのは「要領が悪い」からではなく、脳のタスク切替コストの問題
- ADHD傾向の脳は切替コストが定型より有意に大きいという研究がある
- 対策は「マルチタスクを頑張る」ではなく「シングルタスク環境を設計する」方向で考える
- 割り込みブロック・時間ブロック・周囲への伝え方の3軸で、今日から使える5つの方法を紹介
- 「やらない方がいいこと」もセットで整理
もーやん仕事で「これとこれ、並行で進めて」って言われると、もう頭が止まるんだけど。



わかる。2つ同時に抱えると、両方とも進まなくなるやつでしょ。あれ、がんばりが足りないんじゃなくて、脳のタスク切替にかかるコストの問題なんだよね。



え、コスト? 周りは普通に切り替えてるように見えるけど。



実はそうでもない。人の脳はそもそも「同時に2つ」なんてやってなくて、高速に切り替えてるだけ。で、この切替にかかるコストが人によってかなり違う。ADHD傾向がある場合、このコストがめちゃくちゃ大きいっていう研究があるんだよ。
この記事では、マルチタスクができない背景にある脳のメカニズムと、職場で今日から使えるシングルタスク環境の作り方を5つ紹介します。「もっとがんばる」ではなく「戦い方を変える」方向で考えたい人に向けた内容です。
この記事が向いている人・向いていない人
この記事がどういう方に向いているかを先に整理しておきます。
向いていない人に該当する場合は、上記のリンク先の記事が参考になるかもしれません。
なぜマルチタスクが「無理」なのか|タスク切替コストと脳の仕組み
マルチタスクができないのは、能力不足ではなく脳のタスク切替にかかるコスト(switching cost)が原因です。
そもそも、人間の脳は2つのことを同時に処理しているわけではありません。やっているのは「タスクAとタスクBを高速に切り替える」だけです。そしてこの切替には、毎回認知的なコストが発生します。
タスク切替コスト(switching cost)とは
タスク切替コストとは、あるタスクから別のタスクに意識を切り替えるときに発生する時間と認知負荷のことです。
具体的にどんなコストがかかるかを整理しておきます。
- 切替時間
タスクAからBに切り替えるだけで、数百ミリ秒〜数秒のロスが発生する - 残留コスト(residual cost)
事前に切替の準備ができていても、コストは完全にはゼロにならない - 復帰コスト
元のタスクに戻ったとき、「どこまでやってたっけ」を思い出す時間がさらにかかる
これは全員に起きることです。ただし、ADHD傾向のある成人はこのswitching costが定型発達より有意に大きく、特に予測できないタイミングでの切替で差が顕著になるという研究があります。さらに、実行機能(ワーキングメモリや抑制制御)の弱さがコスト増大に関与していることも報告されています。自分の特性についてもう少し詳しく知りたい場合は 「自分は発達障害かも」と思ったら最初にやること を、実行機能そのものの仕組みを知りたい場合は 実行機能とは何か|ADHD・ASDの「片付け・先延ばし・マルチタスク」が全部つながっている理由を脳科学で解説 を参考にしてください。
つまり「マルチタスクが無理」は、要領の悪さではなく脳の処理構造の問題です。
Slackの通知で全部飛ぶ ― エピソード
実際に自分が経験した場面を紹介します。
デザインカンプを仕上げてる途中に、Slackの通知が来た。プロジェクトマネージャーからで、「このバナー、今日中にサイズ違いも出せる?」。
「了解です」と返した。返しただけ。
でも、もうさっきの画面に戻れない。何をどこまでやってたか、わからない。レイヤーは開いてる。ツールも選んでる。でも、自分がどこにいたのか思い出せない。
結局、最初からやり直した。3時間かけてたカンプの残り、20分で終わるはずだったのに、また1時間かかった。
同期に「Slackって集中切れない?」と聞いたら、「え、通知見て、すぐ戻るけど?」と言われた。そういうもんなんだ、と思った。
「了解です」と返しただけで1時間のロスが出る。これが切替コストの正体です。Slackを返すという行為自体が問題なのではなく、切り替えた後に元のタスクへ注意を戻すのに大きなエネルギーがかかることが問題です。
「並行で進めて」が一番きつい ― エピソード
もう1つ、職場でよくある場面を紹介します。
上司に「Aの調査レポートとBのワイヤーフレーム、並行で進めて。どっちも金曜まで」と言われた。
午前中はAをやろうと決めた。でも、Bのことが頭にちらつく。Bの締切も金曜だよな、大丈夫かな。気になって、ちょっとだけBのファイルを開いた。
開いたら最後、Aに戻れなくなった。
夕方、進捗を聞かれて「どっちも途中です」と答えた。上司は何も言わなかったけど、明らかに「え?」って顔をしていた。
帰りの電車で、同僚からLINEが来た。「俺もう両方終わったよ。金曜まであるし余裕でしょ」。既読だけつけて、画面を閉じた。
2つのタスクが頭にある状態だと、目の前のタスクに集中できなくなります。「もう片方もやらなきゃ」という意識がワーキングメモリを消費し続けるため、どちらも中途半端に終わるという悪循環に入ります。
シングルタスク環境の作り方|今日から使える5つの対処法
対処法の方向性は「マルチタスクを頑張る」ではなく「シングルタスクで集中できる環境を自分で設計する」です。
ここからは具体的な方法を5つ紹介します。全部やる必要はありません。まず1つ試してみて、効果があったら次を足していくくらいのペースで大丈夫です。



でも職場じゃ「並行でやって」が普通じゃん。シングルタスクなんて無理じゃない?



「シングルタスクでやります」って宣言する必要はないよ。時間で区切って、この1時間はこれだけ、って決めるだけ。周りから見たら並行で進んでるように見えるけど、自分の中では1個ずつやってるだけ。
対処法1:タスクを時間ブロックで区切る
複数のタスクを「並行で」と言われたら、自分の中で時間ブロックに分解します。
やり方はシンプルです。
- 1ブロック = 60〜90分
集中力が持続しやすい単位で区切る。25分のポモドーロが合う人もいれば、90分がいい人もいる - 1ブロック1タスク
「この1時間はAだけ」と決める。Bのことは存在しないものとして扱う - ブロックの切り替え前に「次やること」をメモする
Aからの離脱時に「次はAのここから再開」と1行だけ書いておく。復帰コストが大幅に下がる
ポイントは、ブロック中は他のタスクの存在を「意識しない環境」を作ることです。Bのファイルを閉じる、Bに関連するタブも閉じる。物理的に視界から消すだけで、ワーキングメモリの消費量が変わります。
対処法2:割り込みを物理的にブロックする
シングルタスク環境を壊す最大の敵は、外部からの割り込みです。
Slackの通知、メールの受信音、同僚からの「ちょっといい?」。どれも1回の割り込みは数秒ですが、切替コストを含めると復帰に10〜20分かかることも珍しくありません。
ブロックの仕組みを整理しておきます。
- Slackのステータスを「集中中」にする
「〇時まで作業集中中です。急ぎはメンションください」と設定するだけで、雑多な通知が減る - 通知を時間帯で切る
集中ブロック中はSlack・メールの通知をオフにする。スマホの集中モード(iOS)/ サイレントモード(Android)を使う - ノイズキャンセリングイヤホンで物理的に遮断する
オフィスの雑談や環境音が気になる場合、耳を塞ぐだけで集中の維持が格段に楽になる Edifier|ノイズキャンセリングイヤホン - 「話しかけないでサイン」を作る
イヤホンをしている=集中中、というルールをチーム内で共有する。卓上に小さなフラグを立てている人もいる
完全に遮断する必要はありません。「本当に急ぎの連絡だけ通る」状態を作れれば十分です。
対処法3:タスクの「中断メモ」を習慣にする
割り込みを完全に防ぐことはできません。急な会議、上司からの呼び出し、トラブル対応。中断は必ず起きます。
問題は中断そのものではなく、中断後に元のタスクに戻れなくなることです。エピソードで紹介した「レイヤーは開いてる。ツールも選んでる。でも、自分がどこにいたのか思い出せない」がまさにこれです。
対策は、中断が入った瞬間に「今やってたこと」を1行だけメモすることです。
- 付箋に1行だけ書く
「バナーの余白調整中。右側があと5px」くらいの粒度でOK - デスクトップにテキストファイルを常駐させる
「now.txt」を1つ開いておいて、中断時にそこに書く - 3秒で書ける量でいい
きれいに書く必要はない。自分が戻れればそれで十分
中断メモがあるだけで、復帰コストが劇的に下がります。「どこまでやったか思い出す」作業がゼロになるので、戻ったらすぐに手を動かせます。
対処法4:「午前中は1タスク集中」ルールを試す
1日を通してシングルタスクを維持するのは難しくても、午前中だけなら守りやすい時間帯です。
実際に自分が試したときの話を紹介します。
先輩に「お前、午前中にやること1個に絞ってみたら?」と言われた。別にADHDを知ってたわけじゃない。「集中力にムラがあるタイプっぽいから」と。
試しに、午前中はSlackの通知を全部切って、1つのタスクだけやることにした。メールも見ない。「午前中は作業に集中しています。急ぎはメンションください」とステータスだけ出した。
3日目くらいから、午前中の仕事が明らかに早く終わるようになった。
1週間後、上司に「最近アウトプット速いね」と言われた。やってる量は変わってない。同時にやるのをやめただけだった。
午前中をシングルタスクに充てると、1日全体の生産性が上がることがあります。午後は会議やメール返信など「切替が多い作業」に回すと、メリハリがつきやすくなります。
対処法5:周囲に「順番にやる」と伝える(発達障害とは言わない)
ここまでの対処法は自分一人で完結するものですが、周囲に少しだけ伝えるという選択肢もあります。
伝え方のポイントを整理しておきます。
- 「並行より順番にやった方が速いタイプです」
自分の作業スタイルとして伝える。発達障害やADHDという言葉は使わない - 「Aを先に仕上げてからBに取りかかります」
スケジュール感をセットで伝えると、上司も安心しやすい - 「両方木曜には出せます」
最終的な納期を守ることを示せば、進め方に口を出されることは少ない
「順番にやった方が速い」は事実なので、伝えることにリスクはほとんどありません。実際に納期を守っていれば、上司も進め方まで指定してこないことがほとんどです。



5つ全部やらなきゃダメ?



全部やる必要はないよ。まずは1(時間ブロック)と3(中断メモ)だけ試してみて。この2つだけで「戻れない問題」はだいぶ減ると思う。
マルチタスクが苦手なときにやらない方がいいこと
対処法と同じくらい大事なのが、逆効果になりやすい行動を避けることです。 よかれと思ってやりがちなことを3つ整理しておきます。
- 「もっと集中しよう」と自分を追い込む
タスク切替コストは気合で減りません。「集中しよう」と思うこと自体がワーキングメモリを使うので、むしろパフォーマンスが下がることがあります。精神論ではなく、環境設計で対処するのが基本です - 切替の速さを上げようとする
「もっと速く切り替えられるようになろう」と練習しても、switching costの大きさは脳の構造に依存しているため大幅には改善しません。切替の速さを上げるより、切替の回数を減らす方がはるかに効果的です - 「マルチタスクができない自分は社会人失格」と思い込む
そもそも「マルチタスクが当たり前」という前提自体が疑わしいものです。本当の意味で同時処理をしている人はいません。切替が速いか遅いかの違いであり、遅い人は遅いなりの戦い方があります
自分を責めるエネルギーを環境設計に回す方が、結果につながります。ここまで紹介した5つの対処法のうち、まず1つだけ試してみてください。
よくある質問
マルチタスクの苦手さやシングルタスク環境について、読者からよく寄せられる疑問をまとめました。
まとめ



「マルチタスクができないのは要領が悪いから」ってずっと思ってたけど、脳の仕組みの話だったのか。



そう。切替コストが大きいだけで、1つずつやれば普通に仕事は回る。むしろシングルタスクに振り切った方がアウトプットの質も上がることが多いんだよね。



とりあえず明日から、午前中は通知切って1タスクだけやってみる。



それだけで十分。まずは3日くらい試して、変化があるか見てみて。合わなかったら、時間ブロックの長さを変えてみるとか、中断メモを足してみるとか、やり方はいくらでも調整できるから。
会議中の集中で困っている場合は 会議で「話が追えない」ときの対処法 も参考になります。仕事の進め方だけでなく、働き方そのものを見直したいと感じたら もあわせて読んでみてください。
参考文献
- Monsell (2003) “Task switching” Trends in Cognitive Sciences, 7(3), 134-140. — DOI00028-7)
- Cepeda et al. (2001) “Speed isn’t everything: Complex processing speed deficits in ADHD” Journal of Abnormal Child Psychology, 29(6), 540-556. — PubMed
- Lavoie & Bherer (2023) “Difficulties in dual-task and task-switching in ADHD: A systematic review” Neuropsychology Review — DOI
本記事の情報は公開時点のものです。発達障害の診断基準や支援制度は変更される場合があります。
本記事は医療上のアドバイスを提供するものではありません。具体的な診断や治療については医療機関にご相談ください。








